左側のキーボードは左手でASDFを抑えて、右側は右手でJIO(JKL)を抑えます。
書痙の研究日記~前向きに生きる~
字が書けない、字を書くことが困難とされる書痙という難病。何としても解決したいと試みている研究日記です。
現代ではPCという素晴らしいツールが存在します。このツールを利用して、悩みの壁を乗り越えましょう。
2025年3月31日月曜日
タイピング操作に新たな工夫
左側のキーボードは左手でASDFを抑えて、右側は右手でJIO(JKL)を抑えます。
2025年2月18日火曜日
局所性ジストニアのピアニスト
日本テレビ番組の「バンキシャ」やYahooニュースなどで
局所性ジストニアを抱えるピアニストの方の放送を見ました。
左手が不自由なので右手だけでピアノを伴奏する様子を見て、
「夢を諦めきれない」「支えてくれる人がいる」という言葉が胸に刺さりました。
テレビ番組「バンキシャ」内では、左手ピアノコンクールで見事に優勝して、
新たな目標ができたという内容でした。
目標を持つことで生きる活力に繋がるというシーンには感動しました。
また、様々な事情で片手でしかピアノが弾けない人たちがいることと、
それを、戦争の経験から左手だけで伴奏できる楽曲を作っている人たちが、
支えてくれている事実を知って、心の支えになりました。
局所性ジストニアを取材し放送して下さった、バンキシャの方にも感謝です。
2025年2月5日水曜日
書痙が治った後の違和感
2024/11/06の字の写真
私は、17歳の頃から書痙を患い、39歳の頃にほぼ完治しました。
書痙を患った原因も、書痙が治った理由も未だによくわかっていません。
今は、書痙から転移したと思われるPC入力操作のジストニアに苦しんでいます。
色々な工夫を経て、左手で右手の約半分の範囲をカバーして入力出来ています。
人生の半分以上の間、字を書くことが快感から苦悩になってしまい、
他人の人生にまで迷惑をかけるようになり、本当に辛い毎日でした。
書痙が治ったことをこのブログで報告しましたが、書痙になる前と比較すると、
少し書く力が衰えている気がしました。例えば、数学の問題を解くにしても、
試行錯誤する計算が苦手になったり、記憶力が衰えていたりしています。
出来ることなら、17歳の高校生の頃に戻って人生をやり直したいです。
2024年12月1日日曜日
左手片手キーボード入力の本気
私がジストニアで抱えている問題は2つあります。
1つは書痙(ほぼ完治)ともう1つはキーボード入力です。
今回はキーボード入力にフォーカスを当てて話してみたいと思います。
多くのコンピュータOSで正式に存在する「Dvorak左手配列」があります。
これは、日本で定着している「Qwerty配列」のキー配列を変更したものです。
なぜ、このようなものがあるのかというと、アメリカは軍事国家で戦争があります。
その際、片腕を損傷してしまった兵士のために片手で打てる最適な配置を用意する
必要があったからです。
この配列は現在、WindowsでもMacでもGoogleのIMEでも用意されています。
が、1つだけ重要な欠点があります。日本語ローマ字入力に対応していないのです。
そのため、私はWindows用の「Dvorak-J」というフリーソフトを利用しています。
加えて、このソフトにも誤りがありキー配列を手動で編集する必要があります。
(編集方法は、私のもう1つのGoogleのブログに記載してあります)
写真の絵について、青色は記号、黄色は数字、赤色は日本語の母音(あいうえお)
としてそれぞれ間違えないようにシールも貼りました。
実際、Dvorak左手配列(日本語版)で入力するとQwertyの配列よりも優秀で、
非常に打ちやすいです。なお、ここでもまだ問題があって一般の企業で、
障害のためこのキー配列を許可して下さいとお願いしても認めてもらえません。
理由は、上司がPC操作するときに困るという点と、余計なソフトを入れるのは、
セキュリティの面で問題があるからです。
したがって、今は左手だけでほぼ全てのキーを担当するようにしています。
本当に打ちやすいのに残念だと思います。
2024年11月4日月曜日
ネパールでの手術映画を観て
今回、ジストニアの手術ドキュメンタリーDVDが届いたので閲覧しました。
映像に写っていたのはネパールで撮影された映像で60分の字幕版でした。
ジストニアを治すことの出来る、以前から憧れていた医師T先生の振る舞いを、
初めて見ることができました。本当に医者の偉大さに改めて心を打たれました。
実際に手術の様子を見ることも出来て、非常にリスクが高く精度も要求される、
緊迫感のある映像がそこにはありました。しかし、手術だからといって、
恐怖を感じるかと思いきや、ドクター同士で一緒に食事をして会話をしたり、
患者さんが笑顔で、これで治ると言わんばかりの表情を見せていたのには、
少し驚きました。ドクターも人間なんだと思った瞬間でした。
手術を終えた後、川畑監督がT先生にインタビューしていた部分も印象的で、
手術を行っている間、患者の手を握るというのは非常に重要なことや、
医学よりも大事なことは、どうやったら効率よくオペを進められるのか、
ということでした。どういう人の配置をして、どうしたら少なく動けるか、
それによって、手術時間が8時間かかるものが2時間で終わることも出来る。
と、日本語で話していました。
T先生は英語でもお話ができて、逆に海外の医師が日本語で話しかけてきたり、
医術の話で会話が盛り上がったりと、本当に心を打たれる映画でした。
2024年10月29日火曜日
キーボード入力での試行錯誤
ジストニアが書痙からタイピング入力に転移してから、
Dvorak左手配列の存在を知り、ひたすら練習を重ねました。
しかし、結果的に元のQwerty配列で入力する方が合理的という結論になりました。
理由は、社会で一般的に使われているのはQwerty配列であるからということと、
Dvorak左手配列がほとんどのOSで日本語ローマ字入力に対応していないため、
また、キーボードのショートカットキー操作を間違えるリスクがある為です。
WPMで120の値が出るまでDvorak左手配列を練習していましたが、
苦渋の決断の末、諦めてQwerty配列に戻しました。
その代わり、FとJのキーに薄く目印がついていることからヒントを得て、
物理的に間違えないうようにゴム素材のシールを貼りました。
なお、この話とは別件ですが、
映画「ジストニア」のクラウドファンディングのプロジェクトが成功し、
本日、監督の手紙入りでDVDが届きました。皆様ありがとうございます。
2024年8月31日土曜日
ジスバルでなくアーテンの効果でした。
約8年前、書痙の症状がタイピング操作にも転移した記事を書きました。
字も書けないし、キーボード入力も困難ということで、絶望的状況でした。
そして、約2年前に「ジスバル」という新薬が出たとき、この新薬こそが、
書痙(ジストニア)の問題解決の決め手になると思っていました。
しかし、同時に服用していた「アーテン」も効果があるという情報を得て、
改善の様子も期待できない為、医師と相談し「ジスバル」を中止しました。
その後になって、安易に字が書ける状態が続き、書痙はほぼ治りました。
このような問題に直面してから、キーボードの入力操作がストレスに感じ、
試しに余っていた「アーテン」2mgを夜に1錠追加で服用してみました。
すると、キーボード操作が軽くなったり、右肩右腕の緊張感がなくなりました。
結果的に、効果の要因は「ジスバル」ではなく「アーテン」と分かりました。
今まで1日3回、2mgのアーテンを計6mg服用していたのですが、
たった1日2mgを追加しただけで、即効性があり私には効果的でした。